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被災地ボランティア

4月7日、8日と日本共産党山形県委員会が呼びかけ、ボランティア活動と支援バザーを開きました。
鶴岡からのべ18人が参加し、県内各地から計73人が参加しました。

7日は、被災地をまわった後、仙台市若林区内の半壊住宅の床下に退席した泥を掻き出す作業に参加しました。
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私がこの場所を訪ねたのは昨年8月以来です。
がれきの処分場などができ、若干片づいた部分もありますが、長期にわたって支援が必要です。

初めて参加した人からは、「テレビで観るのとは全く違った。ここに住んでいた人の気持ちを思うと・・」「きてよかった。また、ボランティアをしたい」と話されました。
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DSCN0211_R.jpg 私の背丈まで津波が押し寄せた


DSCN0199_R.jpg 床板をはがして
DSCN0202_R.jpg 10センチほどの堆積物を土嚢に積んで
DSCN0209_R.jpg 妻もがんばった
DSCN0213_R.jpg 最後に消石灰をまいて防虫

搔きだした堆積物は、土嚢300袋分になりました。

8日のバザーには、米600キロと野菜、生活用品など250人の方々に提供できました。
地区委員会にも「被災地には行けないけどこれを届けて」と多くの方からご協力をいただきました。
本当にありがとうございました。

新年度スタート

今日、新年度がスタートしました。
といっても何か変わった訳でもなく・・・

今週末、日本共産党のボランティアで被災地に行きます。
現在、米、野菜などを募集しています。8日に被災された方々に届けます。
党地区委員会(0235−22−3313)までご一報ください!

先日、えびチャーハン、えびサラダをつくりました。
スーパーで蒸しエビが半額の200円だったので、頭の中でイメージできました。

料理をすることも(たまにだから・・)ストレス解消になりますね!

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卒園式

24日、娘の通う保育園で卒園式があり参加してきました。

一人ひとりに卒園証書と進級証書が渡されました。
卒園する子たちは、小学校で頑張りたいことを一言づつ母親に伝え、卒園証書を渡します。
みんな立派な姿で、たくましく感じました。

一年間を振り返るスライドでは、子どもたちが一言ずつ頑張ったことやうれしかったことなどを話しました。
「あっという間に大きくなってなあ〜」と思いながら、思わず涙が出そうになります。
娘はもう一年ありますが、来年はやばい・・・いまからウルっときた。

原発事故により、福島から避難してきたAくんのお母さんが、「最初は不安でいっぱいでしたが、皆さんから温かく迎えられてうれしかった」と話しました。
(Aくんのことを娘は大好きで、「将来結婚したい!」と夏祭りでは紹介されました。

原発事故によって、家族離ればなれ、先が見えない不安など大変な苦労をされたと思います。
あらためて、原発ゼロの日本をつくらねばと思いました。

この子たちの将来、日本に生まれてよかったと思える社会をつくることが、私たち親の責任ですね。




あの日から1年・・・3.11

東日本大震災、東京電力福島第一原発事故から1年がたちました。
あらためて犠牲になられた方々、そのご家族、関係者の皆様にお悔やみ申し上げます。
そして、今なお避難生活を強いられている方々にお見舞い申し上げます。

私はあの時間、事務所の駐車場で宣伝カーの整備をしていましたが、はじめはゆっくり、徐々に大きく横揺れを感じました。あわてて事務所にいた2人も出てきました。

昭和58年の「日本海中部地震」を保育園で体験しましたが、今までにない揺れに「これは大きい、ただ事ではない」と感じました。
鶴岡市内は停電にならず、TVをつけると「宮城県沖で大きな地震、大津波警報発令」と映り、直後に大津波で流される車、家・・・
これは現実か?と言葉も出ませんでした。

IMG_0299_R.jpg  震災翌日3.12付の赤旗

5月に農民連の皆さんと炊き出しで名取市に行き、閖上地区などをまわりましたが、家の基礎だけを残して、すべてなくなっている状況に津波の恐ろしさ、残された方々の無念さを感じました。
またこの地震は、東電福島第一原子力発電所の事故が、今までの地震とは違う復興へのおおきな障害となっており、人類と原発は共存できないことを浮き彫りにしました。「自然エネルギーにきりかえ原発ゼロ」に向けて、一刻も早く取り組まなければならないと思います。

日本共産党鶴岡地区委員会に寄せられた募金は、86万円をこえ、中央委員会を通じて被災地の自治体、農協、漁協、各組合、消防団をはじめ被災者のみなさんに届けられました。改めてお礼と引き続くご協力をお願い申し上げあげます。

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今年の3.11は笹山前県議、市議団が街頭宣伝をしました。
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さようなら日本海・・・

 今日は鉄道ネタデス。
 この春、3月16日のダイヤ改正で大阪と青森をむすぶ「寝台特急日本海」と大阪と新潟を結ぶ「寝台急行きたぐに」が廃止され多客期の臨時列車となることに。
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 東北地方と関西を結ぶ唯一の足でしたが、JRは乗車率の低下をあげて廃止するとのこと。
確かに車体の老朽化も進んでいます。しかし、巨額の利益をあげながら公共交通の役割を投げ捨て、地方切り捨て(普通列車の接続を悪くして、特急を利用せざるをえなくする)と「新幹線にどうぞ」という姿勢が目立ちます。
 寝台列車は、夜に出発し、早朝に目的地に到着できる(寝ながら)という便利さがあります。
 また、長距離移動も乗り換えなしで寝て行けることは、子ども連れやお年寄りにも便利です。
 
 京都と鶴岡を往復する私の知り合いも、「上りは日本海、下りはきたぐに」を利用しているとのこと。
廃止によって高い交通費をかけて乗り継がなければならなくなるそうです。
 これからの時代、ゆっくりと目的地までいける需要は増えるのではないでしょうか?
 娘にも、寝台列車の記憶を残してあげたいな〜と思います。

 さて、廃止まで1ヶ月をきり、残り少ない勇姿を収めようと思いますが、鶴岡を通過するのは上りが0:27、下りは3:30と深夜の時間帯です。(フラッシュは安全運転の妨げになるので絶対にやめましょう)
そこで鶴岡駅で停車した姿を撮影しました。
 この季節は、冷え込みも厳しくなかなかつらい時期ですがトイレを我慢しながら到着を待ちました。
 すでに各地で人だかりができていますが、鶴岡はまだ大丈夫!と思いつつ・・・
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こんな時間でも、撮影をする人がいました!(むこうの方もそう思ったでしょう)
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若いお兄さんに「ここいいですか?」と話すと「どうぞ」と快く応じてくれました。
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 運転手さんが出発の汽笛を鳴らしてくれました。私はビデオカメラとカメラで撮影しましたが、ちょうどビデオを止めていた瞬間で・・・(><:)
 
 廃止まで1ヶ月をきりましたが、最後の勇姿をできる限り収めたいと思います。

プロフィール

長谷川つよし

Author:長谷川つよし
1978年4月6日生まれ
山形県鶴岡市在住
羽黒高校卒
05年9月より日本共産党鶴岡地区委員会勤務
07年11月より鶴岡地区委員長
家族 妻、長女、父、母

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